はやし整骨院

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お知らせ

前はやし整骨院を交通事故で閉院し、ご迷惑をお掛けした皆様へ

前はやし整骨院を交通事故で閉院し、ご迷惑をお掛けした皆様へ

前はやし整骨院(中書島)を突然 交通事故で閉院しまして、様々な方々に大変なご迷惑とご心配をお掛けしまして大変申し訳ございませんでした。
詳細をお話しできていない方々もおられますのでお話しさせて戴きます。
H24.11.10(土)に治療時間後に外出し用事を済ませ帰院し、さあ自宅に帰ろうと外環竹田街道から観月橋方面にスクーターで走っていて車と激突し救急車で運ばれました。
救急病院に運ばれたのですが、その救急病院では手の施しようがなく4日間モルヒネで痛みだけ抑えて意識朦朧のまま、ただただ生きているだけ・・・という状態でした。
この時点で顔面と頭蓋骨だけで「20数ヶ所の骨折」であった為、医師の判断で「1年後に通常生活を送る事も難しい」との診断であったとの事で、家族との相談の中、患者さんへの申し訳ないという気持ちで家族も後ろ髪を引かれながら閉院とさせて戴きました。
その後「京大病院 歯科口腔外科」へ転院し10数時間における大手術と入院生活となりました。
ただこの時からの担当医師班が「すばらしい医師班」で、最初の救急病院では「4~5回の手術では足りないと思う」とおっしゃっていたのが「たった1回の手術」で済ませて戴いたのが、その後の急激な回復に繋がったのは間違いないと思います。
位置が変わり違う方向を向いていた眼球も正しい位置に戻して戴き、粉々の顔面骨・頭蓋骨もチタンで整え、その大手術の晩は手術を担当したその医師が深夜までそのまま付き添って戴きました。
リハビリに至っては、骨折が多く腫れも凄まじいが「そういう治療得意でしょ?」と医師と相談しながら私自身にリハビリさせて戴きました。
骨折が多いので超音波治療器を持って来させて戴き、腫れがキツいので冷却道具とタイマーを持って来させて戴き、自分自身でリハビリさせて戴きました。
普通は大病院の医師はプライドが高いので「こういう治療がしたい」と言ってもさせては戴けません。
骨折が多いので、顎間固定(上の歯茎と下の歯茎をワイヤー・針金で強く固定し口が開かなくする)をしていたので、顎間固定を終了した後は全然口が開かず、少し開いてもまったく噛めない状態でした。
ただ、そのリハビリも通常は医師が毎日無理矢理開けるか、道具で開けていくのですが、私の場合は私自身の手で治療させて戴き そのリハビリの進み具合により、リハビリ計画・食事を相談するという方法にさせて戴きました。
その為「開口リハビリ」の進み具合は同期入院の他の患者さんと比べ数倍のペースで治っていき、食事リハビリも、当初ジュースから始まり、ムース(泡)、ゼリー(にこごり)、軟食と順調に回復し、噛力も果肉入ヨーグルトも噛めなかった状態からドンドン回復しました。
この状況により、退院も「完全治癒」まで待つのではなく、「自宅で作れる食事が食べられる様になった時点で退院し、その後は通院治療にしましょう」という異例中の異例の早さで通院治療に移行できました。
身体のリハビリも、当初10m先の信号まで歩くのも大変で身体が発熱し寝込んでしまうほどで、階段も手すりを手で引っ張らないとまったく上がれない状態でしたが、急激な回復をみせ、通院治療による徒歩や階段、人ごみ、買い物も社会復帰・リハビリになるとの事で急激な回復の手助けとなりました。
そして、噛力はH25年の夏頃には「お餅もフランスパンもビッグマックも」食べられる様になり、身体のリハビリもH25年の夏過ぎには「桃山御陵の階段(230段)を何往復か行ってから2時間位走れる」様になり、軽いサッカーなら復帰しても良いという診断が出たので、「もうこれでリハビリもほぼ終わり」と判断し、前はやし整骨院よりも小規模で、場所も少し変わりますが(前はやし整骨院の場所はデイサービスの会社が既にありましたので)、再開業する事とさせて戴きました。
前はやし整骨院でお世話になった方々の中には、今回の場所では通院できない方のおられると思いますので大変申し訳ございませんが、何卒ご了承戴ければ有り難いです。
今回の院でも、前はやし整骨院の時以上に一生懸命に全精力をかけて、皆様のツラい症状やケガの早期回復に努める事をお約束致します。
今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。

はやし整骨院
院長 林 征治